吉祥寺を舞台にした小説4選!聖地巡礼を楽しもう!

吉祥寺は、色々なお店が集まる賑やかな繁華街と、閑静な住宅街、オフィス街が混ざり合い、更には寺社仏閣や自然公園など癒しスポットも多数あります。

こうした多様な性格を持ち合わせる吉祥寺という街は、幾度も小説の舞台になってきました。

吉祥寺を舞台に日常や青春を送る作品から、街に潜む闇がやがて吉祥寺全体を揺るがす大事件に発展するような非日常的な作品まで、多様な時代の多様な作品において吉祥寺という街がモチーフにされています。

作品によっては映画・ドラマなどの映像化に伴って実際に吉祥寺でロケが行われたり、いわゆる「聖地巡礼」で物語に登場した飲食店や雑貨店などに人が集まったり、地元の本屋で大きくコーナーが設けられたりと、現実にも大きな影響を及ぼしています。

今回は、数ある吉祥寺が舞台になった小説作品の中から、おすすめの作品を4つ取り上げ、舞台となった場所の説明をはじめ、作品と吉祥寺との関連性を詳細に解説していきます。

目次

吉祥寺の飲食店が多数登場!短歌と恋愛が紡ぐ青春物語|『ショートソング』/桝野浩一

一人きりサーティワンの横で泣き ふるさとにする吉祥寺駅  —国友克夫

あなたは「短歌」に興味はありますか?

古い短歌については、主に平安時代につくられた作品を中高生時代の古典の授業で習うことも多いでしょう。

冒頭で挙げた作中の短歌のように、いわゆる5・7・5・7・7でリズムよく詠われる短歌ですが、現代でも趣味も含めて短歌は作られており、「歌人」による歌集や短歌に関する雑誌といった出版物が存在し一定の市場を形成しています。

その中でも一般に名が知られるほどメジャーな人は一握りで、その貴重な一握りのうちのひとりが、吉祥寺を舞台にした短歌小説『ショートソング』の作者である桝野浩一さんです。

今ではお休みしているそうですが、一時期は「桝野書店」という自らが経営・管理する実店舗を吉祥寺駅前に持っていたほど、地元に親しまれています。

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『ショートソング』は、顔はいいけれどイマイチ自分に自信が持てないハーフ顔のイケメン大学生・国友克夫が、研究室のマドンナ的先輩・須之内舞子に半ば強制的に誘われ、短歌結社「ばれん」の月次の歌会に参加するシーンから始まります。

その初参加の歌会で出会った眼鏡が似合うプレイボーイであり年上の天才歌人・伊賀寛介の短歌に惚れ、自分でも短歌を作ってみようと思うようになり、短歌結社への入会を決意します。

 

一方、伊賀の方も自分の彼女である舞子が連れてきたイケメン少年・克夫が提出した短歌を絶賛し、短歌の才能を豊かに持ち合わせている克夫を意識するようになります。

そこから克夫と伊賀の二人は事あるごとに「つるむ」ようになり、吉祥寺周辺のいろんな飲食店で食事やお酒を共にする仲に。

時には舞子と、あるいは「ばれん」の幹部である佐々木瞳とも関わりつつ、伊賀に振り回される克夫。

色んな飲食店に連れまわしながら、克夫に在りし日の自分を重ねつつ、克夫の有り余る才能と空っぽになった自分を比べて焦燥感もおぼえる伊賀。

ふたりの視点で交互に描かれるストーリーが、どこかほほえましく、騒々しくも楽しい作品です。

登場する飲食店のほとんどが実在の飲食店であることもよりリアリティを引き立て、この街のどこかでさえない克夫と自信ありげな伊賀が今もお酒を酌み交わしていそうな気がしてきます。

たとえば、冒頭の短歌にも出てくる「サーティワン吉祥寺店」主人公の幸せと苦い思い出が共存する象徴的な場所です。

伊賀と克夫が幾度も集ったカフェバー「東京基地」や喫茶店COFFEE HALLくぐつ草をはじめ、今もなお吉祥寺で歴史を重ねる名店の数々も登場します。

また、「オレンジカフェ」「紅珠苑」「喫茶 darcha」など、残念ながら今では閉店してしまった飲食店も多数登場し、小説に登場した紅茶専門店でサーティワンの2階に実際にあった「ナローケーズ」は、今では実店舗を閉めて通販専門店になっています。

かつて存在した昔の名店の数々、その在りし日の姿もありありと描いているので、移り行く吉祥寺の「歴史」を振り返ることもできます。

そのような歴史を象徴するような場所、悲喜こもごもが混ざり合う場所があなたにも、吉祥寺内にひとつはあるのではないでしょうか。

日々忙しなく営まれる生活の中で、時にはゆっくりと椅子に腰かけて『ショートソング』のページを開き、そうした場所を探しにいってみましょう。

  • タイトル:ショートソング
  • 著者:桝野浩一
  • 出版社:集英社文庫

 

三鷹に居を構えた文豪・太宰治が吉祥寺を描く|『黄村先生言行録』太宰治

先生には、みじんも風流心が無いのである。公園を散歩しても、ただすたすた歩いて、梅にも柳にも振向かず、そうして時々、「美人だね。」などと、けしからぬ事を私に囁く。すれちがう女にだけは、ばかに目が早いのである。

吉祥寺が作品の舞台になっているのは、何も現代だけではありません。明治・大正・昭和を生きたいわゆる「文豪」と呼ばれる教科書に出てくるような作家も、吉祥寺を舞台にした作品を書いています。

太宰治は、三鷹に居を構え、38歳という若さで玉川上水に愛人と共に入水した早逝の文豪として知られていますが、吉祥寺もまた近隣ということもあって、いくつかの太宰治の作品の舞台となっているのです。

中でも『黄村先生言行録』という短編でははっきりと地名・スポット名が出てくるのでわかりやすくなっています。

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『黄村先生言行録』は、主人公の書生(=私)が、落語で言うところの「知ったかぶりの翁」にあたる厄介者の老獪・黄村先生と共に、井の頭公園にふらっと出かけるシーンから始まります。

そして井の頭公園から一番近い「汚い茶店」に立ち寄ったのち、ふたりは井の頭公園内の中の島水族館(現在の井の頭自然文化園 水生物園)に入り、緋鯉・鮎・鰻といった魚を見て回り、そこで黄村先生が山椒魚を見つけて大はしゃぎ。

 

話のメインテーマはこの「山椒魚」で、落語のような展開そのまま、黄村(おうそん)先生は山椒魚によって大恥をかき、結果としてその名の通り「大損(おおそん)」することになるのでした。

即席動物学者に変貌した黄村先生によるご高説など小難しい文章表現もありながらも、太宰治では珍しいコメディタッチの短編作品なので、まるで落語のようにすらすらと読め、物語が明瞭に頭に入ってくるはずです。

 

他にも、大酒のみの内縁の夫と子どもを抱える妻が井の頭公園ハモニカ横丁に訪れるシーンがある『ヴィヨンの妻』も、吉祥寺を舞台にした太宰作品として有名です。

  • タイトル:黄村先生言行録
  • 著者:太宰治
  • 出版社:青空文庫/筑摩書房(『太宰治全集 第5巻』)

 

吉祥寺を舞台に繰り広げられるサスペンス×オカルト×アドベンチャー|『Occultic;Nine -オカルティック・ナイン-』志倉千代丸

ゴミの山で囲われた井の頭池。

今年のゴミの量は異常だ。

(中略)

しかしそれはゴミなどではなく―

人間の死体だった。

吉祥寺は自然豊かで平和なイメージがありますが、その一方で今も未解決となっている猟奇殺人などのショッキングな犯罪も実際に起きており、そのことも影響してか、サスペンス・ミステリー色のある作品の舞台にもなっています。

『Occultic;Nine -オカルティック・ナイン-』は、想定科学アドベンチャーゲーム『STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)』を手掛けたことで知られる株式会社MAGES.取締役会長にしてゲームクリエイター・音楽家としても知られる志倉千代丸氏が発表した小説であり、メディアミックス作品です。

最初に小説が発表され、その後ウェブサイト・アニメーション・漫画・ゲームと次々に表現の場を移し、それらが並行的に展開されていくことで仕掛けられた謎や世界の奥行がぐんと広がっていきました。

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『Occultic;Nine -オカルティック・ナイン-』のストーリーは、吉祥寺在住の主人公・我聞悠太が運営するアフィブログ「キリキリバサラ」に集まる吉祥寺発の都市伝説や猟奇殺人事件などを調べていくうちに、とある組織の壮大な陰謀のための実験として吉祥寺という街全体が利用されていることが明らかになっていくというもの。

 

劇中で主人公たちが集まる「カフェ☆ブルゥムーン」は、実際に存在するカフェ「CAFÉ BAR BLUEMOON」がモデルとなっており、アニメ版・ゲーム版ではかなり忠実に再現されています。

また、吉祥寺の代表的なスポットである井の頭公園は、井の頭池から256人の水死体が発見されるという凄惨な現場として、武蔵野八幡宮はその発見された遺体の安置所として登場しています。

サンロード商店街横にあるハモニカ横丁も、とあるキャラの経営する謎めいた占い屋があるなど、昼間でも薄暗くて怪しげな雰囲気が再現されており舞台装置としてしっかり機能しています。

 

  • タイトル:Occultic;Nine -オカルティック・ナイン-
  • 著者:志倉千代丸
  • 出版社:オーバーラップ文庫

 

有名作家が別名義で吉祥寺を舞台に短編を描く|『吉祥寺の朝日奈くん』中田永一

吉祥寺の上空に、初夏の空がひろがっている。雲ひとつない。これなら彼女たちの乗る飛行機も、安全に飛ぶだろう

吉祥寺の街の様子がより細やかに描かれている小説を最後にご紹介しましょう。

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『吉祥寺の朝日奈くん』は、中田永一という作家による短編集の中の1作であり、表題作です。

主人公は元役者志望のフリーター・朝日奈ヒナタ。

舞台役者の道を諦めてもなお東京に住み続けていた朝日奈は、昔一時的に家に住まわせてもらうなどお世話になったかつてのバイト先の先輩である哲雄先輩と、少し前から再びお酒を一緒に飲む仲に。

哲雄先輩と一緒に立ち寄ったハモニカ横丁の立ち飲み屋で「昔とある国では不倫は極刑に当たる犯罪で、不倫=姦通罪を起こした妻とその不倫相手は磔にされて処刑された」という話を聞いてぞくりとします。

朝日奈はとある喫茶店に勤める山田真野という細身の美人に会いたいが為に喫茶店に通い詰めていたところ、ひょんなことから真野と仲良くなり、サンロード商店街の入り口そばにある献血ルームでの再会をきっかけに、たびたび一緒に会うようになります。しかし彼女には夫と子どもがいました。

それにもかかわらず次第に真野と朝日奈は互いに惹かれ合っていき、娘の遠野を交えてではありつつも定期的に会い続け連絡も取り続けますが、朝日奈のほうはそうした関係の進展について不安になり不倫について調べ始め、「一緒に寝なければ民事で賠償を問える不貞行為には該当しない」ということを知ります。

母娘で遊ぶにはうってつけの自然あふれる井の頭公園・井の頭自然文化園をゆっくり散歩したり、吉祥寺を代表する知名度を誇るメンチカツで有名な商店街のお店「ミートショップ・サトウ」の行列に一緒に並んだり、ついには真野と遠野の母娘が朝日奈の家にお泊りする事態に。

そうした中、山田真野と朝日奈をめぐる決定的な出来事が起こり、まさかの事実が次々に判明してクライマックスを迎えますが、詳細はネタバレになるので差し控えておきます。

 

物語の随所に仕込まれたトリックを華麗に回収してみせる手法は、『夏と花火と私の死体』『GOTH』『くちびるに歌を』などで知られる著名なライトノベル・一般小説作家の乙一とよく似ています。

それもそのはず、何を隠そうこの小説の作者である中田永一こそは、乙一と同一人物なのです。

とはいえ別名義なので、作風は少し変えているものの、この作品の話の綺麗なひっくり返し方は、初期から一貫して続く乙一作品の醍醐味ともいえるものです。

ちなみに、商店街にある喫茶店「COFFEE HALL くぐつ草」や、井の頭公園の目の前にある2013年に新装開店した焼き鳥の老舗「いせや」など、吉祥寺でも知名度のある飲食店は本作にも重要な場面で登場しますので、情景描写を読んでいると、吉祥寺を良く知る人にとってはニヤリとするところもたくさんありますよ。

 

  • タイトル:吉祥寺の朝日奈くん
  • 著者:中田永一(乙一)
  • 出版社:祥伝社文庫

 

小説の舞台としての吉祥寺で存分に「聖地巡礼」を楽しもう

吉祥寺は様々な作品の舞台になっています。

たとえば小説では他にも『殺人鬼』(横溝正史)・『火花』(又吉直樹)・『書店ガール』(碧野圭)といった作品がありますし、映画やドラマ、アニメなどでも多種多様な作品があります。

その理由は、都会的なところや自然一杯なところ、新しく先進的な店も多い中で古き良き商店街や個人商店も軒を連ねているところ等、様々な要素が不思議と集まり、混沌とした様相が歴史と共に変わり続ける、「吉祥寺」という街の土地柄も大きく関係しているのではないでしょうか。

お店や観光スポットだけでなく、図書館や美術館なども充実しており落ち着いた雰囲気も残っていますし、五日市街道まで出れば街の雰囲気も一変し途端に閑静な住宅街に変貌します。

生活とレジャーが一体になった街というだけでも見どころいっぱいな吉祥寺ですが、そこに更にフィクションの物語の名場面なども重ねてみることによって、また新たな見どころが見えてくるはず。

ぜひとも、小説の舞台としての吉祥寺にも多く触れて、「聖地巡礼」を楽しんでみてはいかがでしょうか。

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