コラム

【中神円コラム】毛皮のコートを着たニシン,許されざる町,夜どうなっているのか知りたい 他

毛皮のコートを着たニシン

飲食店において、メニューに写真が無く説明書きのみの場合があり、その際は文章を手がかりに頭の中でどんな料理なのか想像する。

今までで一番度肝を抜かれたのが、アトレ吉祥寺脇に位置する「Cafe RUSSIA 」で提供されている「毛皮のコートを着たニシン」だ。
料理の名前に「コート」という衣類の単語が含まれている点に痺れた。

そもそもニシンの料理もそこまで馴染みがないが、そのニシンが着ているという「毛皮のコート」が一体何なのか気になり、すぐさま注文した。
程なくして運ばれてきた料理を見ると、表面が色鮮やかな赤色をしている。

この赤はビーツによる自然な色で、その下にはポテトとニシンのサラダが層になっている。

派手な見た目だが味わいは素朴で、ボリュームも多いのにぺろりと食べきれてしまう不思議なおいしさだ。

ほかにもロシア伝統のピロシキやボルシチ、ビーフストロガノフをいただいたが、異国の料理でありながら、家庭的な雰囲気を感じとれる味わいなのが落ち着く。

ロシアへ行ったことはまだないが、毛皮のコートを着たニシンは当たり前に家庭で供されているのだろうか。

日本の家庭料理でこういうお洒落な呼び名がつくものが無かったか頭の中を巡っているが、このインパクトに勝るものはそう見つからないかもしれない。

黄色い包装紙

吉祥寺で目にする行列といえば、メンチカツでお馴染みの「さとう」が思い浮かぶだろうが、サンロード商店街の路地を入ったところで人知れず行列を作っている人気店が「クレープハウスサーカス」だ。

味のある手書き文字で多数のメニューが記載され、ほとんどが300~400円前後とお手頃。

「バターシュガー」といった素朴なものや「ハム・レタス」などの一度は食べてみたいおかず系クレープもあり、惹かれる。

悩んだ末「生クリーム+カスタード」を注文し、無造作に並べられた店先のベンチに座って、聘珍樓のビルを眺めながら食べると、ここはどこか旅先なのではないかという気分になる(ベンチに座ると視界の真正面がスポーツジムなので、なんとなく現実逃避で右側を見てしまう)。

 

ぐるぐると何層にも巻きつけられたクレープは、クリームが相当入っているのか、手にずっしりとした重さがある。

そして、絵柄や文字が一切入っていない黄色い包装紙に包まれているところがまた良い。

大体、クレープは食べ進めるにつれて、先に具が無くなってしまい、残るは生地と申し分ばかりのチョコソースだけといった事態になりがちだけれど

サーカスのクレープは最後の一口まで溢れそうなクリームでいっぱいだった。

食べ始めてから最後まで満足感が変わらないのって、すごい。

 

許されざる町

わたしは小学校卒業後、地元の中学へは行かず、女子校に進学した。
当たり前だがクラスメイトは、東京のみならず、埼玉、神奈川、さらには山梨から毎日始発で通学するといった、住んでいる場所が皆一様に違った。だから、休日に友達同士で遊びに行くとなると、どこか場所を決めて集まるしかなかった。

小学校までは子供だけで電車に乗って遊びに行くということはほとんどなく、移動手段といえば専ら徒歩(かけ足?)か自転車で、遊び場も校庭とか公園、せいぜい隣駅の商店街をぶらつくとかだったので、中学生になって映画やカラオケ、プリクラに誘われた時はものすごく高揚した。

しかし、中学生のうちはどこかへ行くには一応、親に報告しなければならず、「原宿」「新宿」「池袋」あたりのワードを口にした時の母の表情は渋かった。
だが、唯一、出かけるのを快く承諾された町がある。

それが「吉祥寺」だった。

サンロード商店街をひと通り歩き、ロフトの地下のゲームセンターでプリクラを撮り、井の頭公園(時間に余裕がある時は動物園も)を一周すればあっという間に時間は経ち、中学生にとって満足な遊び場であった。大人になったいま、改めて吉祥寺を訪れると、母が子供の遊び場として快諾した理由もよく分かる。吉祥寺は母と子の要望の天秤が釣り合う不思議な町だ。

 

愛しの308

結婚して夫と暮らし始めるまで、吉祥寺で一人暮らしをしていた。
吉祥寺は自分には高嶺の花のような地だと思い、物件探しの候補には入れていなかったのだが、不動産屋の担当に「アップリンクの座席まで徒歩5分の良い物件があります」と勧められ、内見もせず即決した。

三階の角部屋、ベランダ付き、狭いけど良い部屋だった。

思い立ってふらりと映画を観に行き、酔い覚ましに井の頭公園を散策した時間は夢のようだった。

 

新しい地での夫婦二人暮らしにも慣れてきた頃、わたしは宅配の宛先を変更するのを忘れ、荷物が吉祥寺のマンションへ置き配されてしまった。

悩んだ挙句取りに行くと、見慣れたドアの前に荷物はちゃんとあった。
外から周ってマンションを見ると、ベランダに物干し竿は掛かっておらず、剥き出しの窓が見える。どうやらまだ空室のようだ。

そのことになぜかわたしは安堵した。

理解されないかもしれないが、別れた元彼にまだ彼女がいないと分かったときの気持ちに似ている。

早く新しい住人が見つかるといいね。

でも、見慣れない洗濯物が干された308号室のベランダを見たら、きっと少し切なくなるに違いない。

10秒の隔たり

わたしは専門店が大好きで、スーパーに行けば一度で済むところ、八百屋、魚屋、肉屋とわざわざはしごすることも多い。

 

スーパーだって新鮮で良いものは揃っているが、「それだけ」を扱っている専門店に大いに魅力を感じるのだ。

吉祥寺にある専門店のうち、中神の好物であるチョコレートを扱っているのがプレスキルショコラトリーだ(我が家の昨年のクリスマスケーキもこちらのもの)。

ここの看板商品のひとつにフォンダンショコラがあり、実はお土産用にも自宅用にも何度も購入している。

そのままでも冷やしても美味しいが、すっとスプーンを入れたときに中のチョコレートがとろりと溢れ出すフォンダンショコラの醍醐味を楽しむためにレンジで温める。
公式サイトを見ると「600Wで20~30秒温める」との記載があり、わたしは逡巡してしまった。

「10秒の隔たりは大きくないか?」

結局、間をとって25秒温め、無事に美味しくいただいた。

今度は20秒と30秒、まるで理科の実験のようにそれぞれ食べ比べてみようと思う。

冬のお楽しみ

自炊をするときは、大体いつもスーパーで食材を見て、それから献立を考え始めるのだが、今日はもう絶対おでんにしようと思って、昨晩から鍋に水を入れ、昆布2枚と煮干し3匹を浸けておいた。

おでんのメインキャストとしてわたしが迎え入れたのが、吉祥寺の「つかだ」の練り物たち。
つかだはダイヤ街に位置する、練り物やおでん種の専門店で、いつ行ってもお客さんで賑わっている吉祥寺の人気店だ。
お馴染みのおでんの具材から、ちょっと変わり種の練り物もあり、とにかく種類が豊富なのでいつも選ぶのに悩んでしまう。

自分の前に並んでいるベテラン主婦さんたちが何を選ぶのか、様子を伺いつつ、レンコン天、豆天、それと日替わりで半額になっていたひじき天、餅入り巾着、牛すじを買った。

今日ここに並んでいるみんなの食卓も、やはりおでんなのだろうか。そう思うとなんだか可愛い。

夜どうなっているのか知りたい

夜の井の頭公園を散歩してみたいとずっと思っていた。
けれど、ひとりで行ってみるのは心もとなく、なかなか機会に恵まれずにいた。
八月も終わりに差し掛かった頃、今年初めの映画の現場で一緒になり、すっかり仲良くなった照明部の友人と遅めの時間から吉祥寺で飲むことになった。

店を出たあと、二人の足は自然と井の頭公園へと歩き出す。

夜の井の頭公園は、自分たちと同じように散歩をしている人や、暑くなる前に犬の散歩を済ませようとしている人、ランニングをしている人が点在しているだけだった。

普段は池に散り散りになっているスワンボートも行儀よく整列している。

動物園の動物たちもきっと今は眠っているのだろう。

人間が生活するすぐ傍で動物が暮らしていると思うと不思議な気持ちになった。

 

「人とすれ違いそうになったらゾンビの真似をして驚かせよう」と話していたが、次に出くわしたのが警備員だったのでやめた。

野球場まで歩き、誰かの忘れ物のバットとボールで遊んだ。公園のブランコだって、子供がいない夜なら大人が乗ったっていい。

気づいたら汗をかくほどはしゃいだ。

今年の夏は海もプールも行けないまま、あっという間に終わってしまった。

 

わたしの唯一、夏らしい思い出がこの夜かもしれない。

 

ポークジンジャー

お腹が空いたが自炊も面倒…そんな時は「カヤシマ」へ向かう。

初めて「カヤシマ」へ訪れたのは、まさに「吉祥寺時間」のライター面接時だった。

レモンソーダを注文し、編集長たちが来るのを待っていたが、某ビールメーカーのジョッキに入って運ばれてきたので、昼から酒を頼んだと思われるのではないかと内心ヒヤヒヤした。

「ここは、豚の生姜焼きを『ポークジンジャー』って記載しているんだけど、それが言い得て妙なんだよ!」
面接時にそう語っていた編集長の言葉を思い出し、メニューを見ると、ポークジンジャーカレーという、なんともよくばりなメニューがあったのでそれを注文する。
「確かに、これはポークジンジャーだ!」

ほんのり甘い味付けの豚肉が、具材の角が取れるまで煮込まれた辛口カレーとマッチする。

「豚の生姜焼き」と「ポークジンジャー」。

言葉の持つ意味に違いはないが、表記によって味のニュアンスの線引きがされている気がする。

カヤシマの味は、たしかに紛れもない「ポークジンジャー」だった。なぜだろう、それがしっくりくるのだ。

 

中神円

1993年(平5)7月30日、東京生まれ。スカウトを受けて芸能界入り。

15年にTBS系「ホテルコンシェルジュ」、17年にテレビ朝日系「ドクターX~外科医・大門未知子~」に出演。

[出演作品] 映画「空の瞳とカタツムリ」 ビッケブランカ MV 「ウララ」

脚本や監督も務める。2020年12月、芥川賞受賞作家羽田圭介と結婚。

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