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珈琲 立吉
もうだいぶ時が流れ、住んでいるこの街も年齢を重ねるごとにお洒落な街並みになり若者も増えた。
しかし、街が変わっていく中でも、あの頃彼女と過ごした吉祥寺に帰ることができる場所がある。
それが行きつけの「珈琲立吉」だった。
年齢のせいか少し重たい足もここに行く時は軽く思える。杖も、軽やかに地面を弾く。
まるで、時が徐々に戻っていくような感覚だった。
寛ぎへの扉を開けると、珈琲の芳ばしい香りが鼻をかすめ、古めかしい味のある雰囲気と昔ながらの喫茶店といった風情に安心感を覚えた。
タイムスリップをするとは、このことだろう。
40年前、珈琲立吉が開業し、20年前にこの場所に移り変わる様も見てきた。あの頃の自分と彼女を思い出し、昔の吉祥寺の雰囲気を肌で感じとることのできる空気感がいつまで経っても、愛おしいものだ。
私はいつも通り手前の席に座り、使い込まれた飴色のテーブルに被っていたハットを置いて息をつく。
白髪の混じった小柄な店主は、座って新聞を読んでいたが、私に気がつくとゆっくり動きだす。
私が小さく「ココアを」と言うと、彼は微笑んだ。ダンディな彼の淹れる一杯が美味しいのだ。
スッキリとした甘すぎないそのココアが身体に馴染んでいくと、時間が止まっているような静寂が身を包みこむ。そういえば、彼女もここのココアが好きと言っていた。
鼓膜を静かに揺らす店主の優しい声と、格別な一杯を淹れる音。そして彼と「吉祥寺」について語りはじめると、たちまちここは、吉祥寺語り部会になる。
あぁ、この時間だ。
ここにくれば、彼女を思い出すそのきっかけにもなる。安心の息が空気に溶けていくのがわかる。私はやはりここが好きなのだ。
この時間が何十年も愛おしい。
またタイムスリップをしに、私は「珈琲立吉」に足を運ぶだろう。
住所 | 武蔵野市吉祥寺南町1-15-5 |
交通アクセス | 吉祥寺駅 南口(公園口)徒歩3分 |
電話番号 | 0422-48-4450 |
営業時間 | 12:00〜19:00 |
休業日 | 水曜 |