其の1 ガード下不動産の日常
「今日も快晴‼」吉祥寺には停まらない中央特快の音にかき消されながら毎朝同じ言葉を口にして店のシャッターを開ける。
あくまでも私の心を快晴に保つ為の朝一番の儀式だ。雨でもやるよ。
かのアントニオ先生も言っているではないか「元気だったら何でもできる‼」て。
そして今日はいつも以上に無駄に元気が必要な日。
うちの管理アパートの住人たちが、月に一度の家賃を持ってやってくる日なのだ。
吉祥寺駅と西荻窪駅のちょうど真ん中あたりに位置する老舗の不動産会社、通称「ガード下不動産」。
こんな駅から遠い場所にある不動産屋に通りすがりのカップルが同棲のための2DKを探し店頭パネルを見てフラッと来店、なんてことは何をどう間違えてもない。
本当にない。
老舗といえば聞こえは良いが将来を考えた時に頭に浮かぶのは「転職」の二文字だけ。
家賃回収を銀行振込にすべくずっと掛け合ってきたが社長は一向に聞く耳を持たないままだ。
ニヤニヤ笑いながらスロットに出かけてゆく社長の後ろ姿にむかって「こんな会社、明日こそ辞めてやる!」と月に一度、しかも毎月叫んできた。
そう、叫んできたわけなのだが…。
今年七十になる社長のニヤけた笑いが、最近は私にも少し乗り移ってきたように思う。
家賃持参も悪くないよね。
それは毎月の生存確認なのだ。
1階4部屋、2階4部屋、計8人の住人のうち6人が七十歳オーバー。
そんなアパートが杉並区にはいくつもある。この会社に入って、東京に身寄りのない独居老人がこんなにもいる事を知った。
私はといえば、辞める辞める詐欺みたいな状態のまま時間ばかり過ごし、この仕事にどっぷりはまり抜け出せなくなっていた。いや、むしろ、自分で言うけど看板娘になっていたよ。
なんだかかぐわしい匂いをまとい本日の一番手、山口さん(八二歳)が家賃を持ってやってきた。
「おはよう、みっちゃん。」山口さんは満面の笑みで勝手にゆっくりとソファーに座った。
嫌な予感しかない。
吉祥寺の神輿の音が聞こえるまでは、もう少し雨がふるね。
文/ミツコ
※この物語はフィクションです