「吉祥寺の美術館すっごく良くてさ、わたしよく行くんだー」
吉祥寺駅南口を出てすぐのバー「AOTETSU」で、青リンゴフレーバーのお酒を飲みながら、友人が言うのでわたしはとても驚いた。
何に驚いたのかというと、今まで吉祥寺に美術館があることを知らなかったのだ。
わたしは大学時代に学芸員の資格を取得しており、展示を見るのは好きなので情報はそれなりに張り巡らせていた「つもり」だったのだが…。
翌日、早速、吉祥寺に唯一の美術館「武蔵野市立吉祥寺美術館」へ向かった。
場所は駅すぐの商業ビル・コピス吉祥寺A館の7階だ。コピスはジュンク堂もあるし、
セレクトショップで服を買ったこともあるくらい頻繁に利用していたが、同じ建物に美術館があるとは全く気がつかなかった。
コロナ禍は、事前予約制の美術館がほとんどだが、吉祥寺美術館は当日でも入れた。
思いついたときにふらっと美術館に行きたいタイプの人間にはとてもありがたい。
一般の入場料は常設展100円、企画展300円(企画展は常設展の料金込み)というリーズナブルさ。安いから展示数が少ないのかなと少し不安になるくらい。
わたしが訪れた日は浜口陽三記念室「ぶどうとレモン」、萩原英雄「物語をカタチにする」の二つの展示が催されていた(どちらも2020年2月28日まで開催予定)。
なんとなく、入って右側の浜口陽三記念室のほうから先に見始める。
昨日話した友人は浜口陽三の作品が好きだと言っていた。コロナの前は、展示室内に椅子があり、座っていつまでも作品を眺めていたという。
浜口陽三は作品のモチーフに果物を度々用いているようで、今回もタイトル通り、ぶどうとレモンの静物画が並んでいた。
「静かな作品だな」と思った。
静物画なので当たり前といえばそうなのだが細かなぶどうの粒をひとつひとつ眺めていると、妙に心が落ち着く。
次いで、萩原英雄記念室へと入る。
これがほんとに驚愕したのだが、ポップな色使いと躍動感ある構図の数々で、「静」を浜口陽三とすると、萩原英雄は完全にその対極に位置する作風であった。
萩原のプロフィールを見ると、闘病中に木版画に目覚めたという。自身の境遇が作品に投影されているのか、人間の本質を問うような作品が多かった。イソップ童話やことわざを版画のモチーフに選んでいる点も頷ける。萩原英雄作品を鑑賞したあと、再び浜口陽三記念室へ入る。
感覚としては、銭湯で熱い湯に浸かったあと、水風呂で頭を冷やしに行くような感じ。
そしてそのあとまた熱い湯に…つまり美術鑑賞の無限ループが出来てしまうのだ。
平日の夕方で客足が落ち着いている時間帯であったこともあり、それぞれ2往復たっぷり鑑賞して頭が無事に「ととのう」ことが出来た。
ぜひ一度、吉祥寺の街中での美術鑑賞を体験してみて欲しい。
中神円
1993年(平5)7月30日、東京生まれ。スカウトを受けて芸能界入り。
15年にTBS系「ホテルコンシェルジュ」、17年にテレビ朝日系「ドクターX~外科医・大門未知子~」に出演。
脚本や監督も務める。2020年12月、芥川賞受賞作家羽田圭介と結婚。