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末広通りを 少し歩いた、 その先に。
なかなか溶けないレモンが焦れったい。
凍ったレモンをつつきながら、しかしこんなに食べれるだろうかと眼の前の料理に目を落とす。
スーパーレモンサワーに生ビール、唐揚げ、ナゲット、鳥刺し、すき焼き。
今から私が食べる予定の酒と肴である。が、注文したのは私ではない。
時を遡ること数分前…
この店の店主はお通しを手渡しながら「何かあった?」と私に声をかけた。その「何か」を私は必死で隠そうとしていたのに、そう声をかけられてしまうと、胸の奥の熱いものが込み上げてくる。
喉に詰まるようなそれは、涙となって溢れ出す。
そう、私はついさっき大傷を負ってきたばかりなのだ。人生最大の失恋によって。
開店間もないカウンター席で人目もくれずにわんわん泣く女を、しかし店主は決して独りにしない。
「まあ飲んで忘れなよ」と酒が運ばれ、「食べて元気をだしなよ」と肴が運ばれる。こうしていつの間にか、私の目の前はたくさんの料理で埋め尽くされていたのだ。
レモンがすっかり溶けていることに気がついたのは、それから間もなくの事である。
末広通りを少し歩いたその先に、提灯の明かりを灯すその店は、
今宵も誰かの心に明かりを灯しているだろう。