吉祥寺には今も、明治から昭和にかけて庶民の大衆文化として一般的だった「銭湯」が残されています。
しかしその数はわずかに2軒、吉祥寺本町2丁目の「弁天湯」と、吉祥寺本町1丁目の「よろづ湯」を残すのみです。
特に吉祥寺の中心エリアの通り沿いにある弁天湯は、地元民を中心に早い時間から混雑し、多くの人々の汗を流し、体と心をまるごと癒し続けています。
今回は、吉祥寺に存在する貴重な銭湯の中でも、今の時代に溶け込む様々な取り組みで知られる「弁天湯」に実際に入りに行ったレポートをお届けします。
【アクセス】昭和通り沿い
弁天湯は、昭和通りという吉祥寺中心エリアのメインストリートの1つに面しているためか、時代の変化にも敏感な銭湯で、様々な斬新な取り組みで知られています。
その取り組みの詳細は後に譲るとして、まずはアクセスからご案内しましょう。
弁天湯は、大正通り・中道通りと並行する昭和通り沿いにあります。
吉祥寺駅からの行き方は、サンロード脇のダイヤ街入り口からダイヤ街チェリーナードを歩き、吉祥寺通り(公園通り)まで出ます。
そして吉祥寺通りを越え、そのまままっすぐ昭和通りに入ります。
昭和通りに入ったら、古着屋「STEPS」やイギリスのシューズブランド「Dr.MARTEN(ドクターマーチン)」の目立つ看板をしり目にしばらく西に歩き、藤村女子中学・高等学校の前の十字路を抜けたすぐ先にあります。
入り口は昭和の香りが残る三角屋根とタイル壁、その脇にはトタン壁が残る中、NHKのテレビ番組とコラボしている影響か、入り口や周辺の壁にはカラフルで洗練された雰囲気のパネルが貼られ、少しカオスな雰囲気。
しかしながら、そのカオスな雰囲気もまた、歴史とともに変化を続け、時代に適合し生き続けてきた証のような感じもして、弁天湯に来たなっていう感じがしてきます。
狭い通り沿いということもあるのか自転車が停められるスペースを確保してあるのが嬉しいですね。
店名 | 弁天湯 |
住所 | 〒180-0004 東京都武蔵野市吉祥寺本町2-27-13 |
営業時間 | 15:40-23:00 木曜定休 |
斬新な取り組みと歴史の深さ
弁天湯の歴史
弁天湯は、昭和21年に開業し、昭和45年に現在の場所に移転しています。
その歴史は、移転前も合わせると75年、移転後から数えても50余年。
吉祥寺でも有数の老舗として、長年吉祥寺に住む人々の疲れを癒してきました。
吉祥寺の和菓子の老舗「小ざさ」が40余年、ヨドバシカメラ裏にある銭湯「よろづ湯」が50余年、メンチカツで知られる「さとう」が70余年、焼き鳥の「いせや」が90余年。
このように、吉祥寺には戦前あるいは戦後間もないころから営業を続ける老舗が沢山ありますが、弁天湯もまたその長い歴史を歩んできた、息の長い銭湯です。
しかし、吉祥寺に2軒だけ残る銭湯のうち、素朴な昭和の雰囲気を今に受け継ぐ番台スタイルの「よろづ湯」と比較すると、弁天湯は「変化を続ける斬新な銭湯」というイメージがあります。
弁天湯は、昭和の銭湯らしさを残しつつも、施設を充実させたり内観を工夫したりと、時代に合わせてその中身や外観を次々に変化させ、時代に沿って変化しながら生き残っていった歴史があるのです。
様々なイベント
たとえば、今から16年前の2005年から2011年にかけて、弁天湯では「風呂ロック」と呼ばれるイベントが行われていました。
風呂ロックとは、文字通り銭湯の大浴場の中にステージを組んで行われるライブイベントのこと。
弁天湯のお孫さんが発起人となって行われ始めたイベントで、ロックバンドやシンガーソングライター、ソロによる弾き語りなど、様々なアーティストを迎えて、弁天湯の休業日を利用して定期的に開催されていました。
現在では残念ながら終了してしまった企画ですが、フィナーレを飾った「くるり」の岸田繁をはじめ多数の有名アーティストが出演し、吉祥寺の音楽文化と銭湯文化の融合を盛り上げました。
今では俳優としても有名で当時はSAKEROCKを率いていた星野源も出演し、弁天湯の象徴ともいえる富士山の銭湯絵をバックに観客を沸かせました。
他にも、高田渡の息子で吉祥寺で生まれ育った高田漣、大の親日家で知られるSONIC YOUTHのジム・オルーク、筋肉少女帯の大槻ケンヂ、元NUMBER GIRL田渕ひさ子さんと向井秀徳さん、ASA-CHANG&巡礼のASA-CHANG、シンガーソングライターの七尾旅人、湯川潮音、タテタカコなど、バンド界のみならず著名なメジャーアーティストを中心に、そうそうたるメンツが出演。
沢山のライブハウスが集まる吉祥寺という街でも異例といえる豪華な顔ぶれに、連日にぎわっていました。
そうした音楽イベントだけでなく、定期的にアートイベントや銭湯を盛り上げるための広域のイベントともコラボレーションし、その度に銭湯絵や内観・外観が大胆にアレンジされるといった斬新な取り組みは、周辺の銭湯にはない独特なものです。
現在では、2020年に開催が予定されていた東京オリンピックを盛り上げるために東京都などが主催する「東京銭湯フェスティバル」とコラボレーションしており、『テルマエ・ロマエ』で知られる漫画家ヤマザキマリさんによる暖簾が出迎えてくれます。
その一環で、親子で銭湯を楽しんでもらおうとNHK Eテレの人気番組『みいつけた!』ともコラボレーションし、番組内の人気キャラクターたちが銭湯絵やロッカー、フロントなどに描かれ、入り口や外壁にもパネルが貼られており、内観・外観をカラフルに彩っています。
令和と昭和が入り混じる外観・内観
弁天湯の入り口はNHKのキャラのパネルとヤマザキマリさんが描いた暖簾が重なりカオスな状態ですが、一旦入り口をくぐってしまえば古き良き銭湯の玄関といった感じ。
履物をロッカーに入れ、木製の「風呂屋錠」でカギを掛けるのも昭和スタイル。
履物ロッカーの向かいには、長細い蓋を開けて傘を入れることで鍵のかかる、今ではあまり見なくなった昭和独特の傘入れもあります。
弁天湯は「よろづ湯」のような昔ながらの番台スタイルではなく、入り口の扉を開けるとフロント兼待合室のようなスペースに繋がり、そこから男湯女湯それぞれの脱衣室が分かれています。
入浴料金は大人(12歳以上)470円・6歳以上12歳以下180円・6歳未満80円。
便利なことに、弁天湯にはリンスインシャンプーとボディーソープのボトルが置いてあるので、自宅からシャンプー類をもっていく必要はありません。しかしそれでも、シャンプーやリンスなど含めた洗剤類や石鹸、タオル類、飲み物などが売られています。ちなみに、先着30名限定で貸しタオルもあるそうなので、早い時間であれば、手ぶらで訪れても全然問題ありませんね。
ちなみに、毎週日曜日は「ふろの日」ということで、小学生以下は無料になるようです。
また、「こどもの日」「母の日」「父の日」「クリスマス」など特別な日には粗品進呈もあるので、イベントの日は特に賑わいます。
弁天湯に訪れた人のブログや口コミによく、「脱衣所に風呂ロックの写真がある」と書かれているので楽しみにしていましたが、現在では東京銭湯フェスティバルとコラボレーションしているためか写真やサインなどは外されており、お目当てだったアーティストたちの写真は残念ながら見かけることがありませんでした。
しかし、脱衣室の島ロッカー含むすべてのロッカーに『みいつけた!』のキャラクターである「オフロスキー」や「コッシー」「サボさん」などが描かれていて、非常に独特な雰囲気。
それらと同時に、庭へ続く縁側の硝子窓や、ゴム紐とプレートのついたロッカーのカギ、20円3分で使えるドライヤーなど、昭和の空気感がそのまま残っており、まさに昭和と令和が溶け合うようなカオスがそこにありました。
平日の16時に訪れましたが、「よろづ湯」の時とは違い、営業開始時間から既に大勢の男性客が入浴していました。
巨大な銭湯絵と様々な種類の風呂
大浴場の扉を開くと、ドーム型というか体育館型というか、丸みを帯びアーチを描く高い天井がまず目に入り、この高い天井が銭湯独特の「カラーン」「かぽーん」という音を天然のリバーブたっぷりに響かせてくれています。
そして一気に目に飛び込んでくるのが、女湯のほうまで跨いで描かれている、かつては故・早川利光氏が手掛け現在は銭湯絵師の田中みずき氏が手掛ける、巨大な富士山の銭湯絵。
こうした銭湯絵が描けるのは現在日本にたった3人しかいないということで、きれいに冠雪した流麗な雰囲気漂う見事な富士山からは、そうした専門の銭湯絵師の実力をまざまざと見せつけられる思いでした。
銭湯絵下部にはNHK Eテレ『みいつけた!』のキャラクターがコミカルに描かれており、これは『みいつけた!』アートディレクター大塚いちお氏とのコラボレーションで実現したものですが、これも普通の銭湯では想像もできない不思議な雰囲気を醸し出しています。
入り口付近には銭湯おなじみのケロリン桶や風呂椅子が置いてありますが数は少ないので、混雑時には確保できない可能性もあります。
なお、シャワーは壁際の洗い場にしかついていないので人気で、すぐに埋まってしまうこともありますので注意しましょう。
さて、肝心のお風呂についてですが、左端は深湯で全身浸かれる座風呂、真ん中は電気風呂が備わった普通の風呂、右端は日替わりの薬湯となっていて、種類的にとても充実しています。
座風呂はジャグジーが備わっていて、椅子のように腰掛けて首や背中、ちょうど腰掛けて足先が来るところまで泡が当たって非常に気持ちよく、冷たい水枕に頭を預けてゆったり出来ます。
真ん中の風呂は床バブルと電気風呂とに分かれており、中央にカエルの像とラドンガリウム石の入った鉄格子がありそこからお湯が出ています。
弁天湯の「ラドンガリウム岩温浴泉」は41~42℃と丁度いい温度で、子供でも若者でもゆったり入れますし、床バブルもあって癒されます。
ただし、右奥の仕切られた部分にある電気風呂は人を選ぶようで、筆者が電気風呂に近づいてみたところ、特に二の腕が非常に痛くなってしまい無理でした。
右端の薬湯は日替わりで、筆者が入った時は「日本伝統の甘草エキス」と書かれたボードが掲げられていました。
湯全体に甘い匂いが立ち込め、独特な入り心地。
香りも相まって非常に優しく、筆者はこの薬湯が最も癒されました。
おすすめは17時頃か21時以降
弁天湯は営業開始から多くの人が入りに来る人気の湯です。
しかし、特に今のご時世、混雑具合が気になる方も多いでしょう。
筆者は比較的早めの時間にお邪魔したのですが、先ほども説明した通り営業開始直後は比較的混雑していました。
丁度、営業開始直後に入りに来てゆっくりお湯に浸かって体も乾かし終わったくらいの時間、17時頃からが比較的すいているように感じました。
ですが、Googleの「混雑する時間帯」を見ると18時~20時あたりがコアタイムになり、特に20時近辺はどの曜日も混雑するので、混雑を避けたい方はこのあたりの時間を避け、早めもしくは遅め(21時以降)の入浴をおすすめします。
曜日としては土曜日が最も混雑し、土曜日には17時と20時がピークになるなど変則的な混雑具合になっているので、混雑していてもいいよという方以外は、土曜日は避けたほうがいいかもしれません。
弁天湯は「吉祥寺の個性」
以上、吉祥寺の「弁天湯」のアクセスや混雑具合などの情報も交えつつ、実際に入ってみたレポートをお送りしました。
実際に訪れてみて感じた弁天湯は、「時代と寄り添いながら変わり続けてきた人気の銭湯」というイメージでした。
吉祥寺で70年以上、現地に移転してからも50余年の長きにわたり営業を続けながらも、時に誰も考えつかなかった独特な取り組みを行ったり、時に時代に即したコラボレーションを行って地域を盛り上げたり。
変化を恐れず、素朴からは程遠いカラフルなイメージをも躊躇なく纏う「街の銭湯」は、おそらくは東京広しといえどここくらいしかないでしょう。
まさにそれは「吉祥寺が育んだ個性」ともいうべき存在です。
吉祥寺を訪れた際には、ぜひこの個性的な弁天湯で疲れを癒してみてはいかがでしょうか。
ちなみに、昭和の時代から変わらない素朴なスタイルで営業を続ける「よろづ湯」も素敵ですので、よろづ湯との「銭湯はしご」もおすすめですよ。